AudioBBSの投稿にスピーカーシステムのデバイディングネットワーク用コイルの話題が出たが、コア入りコイルのインダクタンスの見積もり方がアマチュアにはあまり知られていないようなので考えてみた。
ここでは、まず左図のようなシリンダー状のコアに単層巻きしたソレノイドコイルについて計算する。図中の文字の意味は、
a:コイルの長さ、 b:コアの長さ、 d:コアの直径=コイルの内径
そのほか、
N:巻き数、 n=N/a:単位長さ当たりの巻き数(ターン/m)(必ずしも密着して巻いてある必要はない)
まず空芯コイルのインダクタンスを求め、コアを挿入することによりインダクタンスがどれほど増加するかを見積もる方法を示す。
単層巻きの場合は以下の公式により与えられる。(単位系はMKS)
L0 = kπ2n2d 2a×10-7 [H] (1)
ここで、kは長岡係数と呼ばれ、形状(d/a)によって決まる補正係数であり、右図のような変化をする。
(出典:電気工学ポケットブック 7.4 インダクタンスの計算より)
d/a=0 は無限に長いコイルに相当し短くなるほどインダクタンスは小さくなる。
多層巻きの場合の概算値は、dとして平均値(外形と内径の中間値)を使えばよい。より正確な値は、ページ末の参照欄参照
断面が角形の場合は、同じ面積の円の直径を採用すればよい。
いずれの場合もこの概算値より少し小さくなる。(詳しくは 電気工学ハンドブック 7.3 自己インダクタンス参照)
コイルがコアに密着している場合、コアの比透磁率を μ’ とすると、コア入りコイルのインダクタンス L は、
L = μ’L0 (2)
で与えられる。が、しかし、比透磁率として軟磁性材料の比透磁率を使っていいのは無限に長い棒状コアまたはトランスのように閉じた鉄心を使う場合のみである。
ネットワーク用コイルの場合のように短いシリンダー状コアを使う場合は、
http://www.ne.jp/asahi/shiga/home/Lecture/ferromagnet.htm#demagsoft
に説明してあるように、実効比透磁率は、材料の透磁率とは無関係に反磁場係数 D の逆数のみで決まる。
すなわち
L=L0×(1/D) (3)
で与えられる。
シリンダー(円筒)状のコアの反磁場係数はコアの長さ/直径 m=b/d の関数として求められており、右図のような値となる。
従って、例えば比透磁率が 100,000 もあるパーマロイを使っても、m=3 程度のシリンダー状コアの場合インダクタンスは10倍強に増加するだけであることに注意する必要がある。
ただし、どんな材料使ってもいいかというとそうでもなく、非直線歪やバルクハウゼンノイズを考慮すると保持力の小さいコア材料を使うのが望ましい。また、使用周波数が高くなると渦電流効果で実効比透磁率が減少するのでソフトフェライト材料を使うのが望ましい。
なお、断面が正方形の場合は、同じ面積の円の直径を採用すれば概算値は得られるが、長方形の場合、反磁場係数は正方形に比べて小さくなり、インダクタンスは増加する。
実測値として、AudioBBS (2007/8/1 11:23、8/2 12:41)に投稿いただいた、MMさんの例を紹介しておく。
ただし、コアは円筒状でなく、トランスの鉄心を利用したもので、断面は長辺 14mm、短辺11mmの長方形である。従って、その面積に等しい円の直径 14mm を d値として計算する。その他のパラメターは以下の通りである。
a=0.052 m、b=0.085 m、d=0.014 m、 N=51 (n=51/0.052=980 ターン/m)
(@) 理論値(概数)
空芯コイルのインダクタンス L0 : d/a = 0.27 → k=0.9 → L0 = 0.009 mH
コアを入れた場合のインダクタンス L : m=b/d=6 → 1/D=32 → L=0.288 mH
(A)実測値
L0=0.011 mH、L=0.29 mH
両者を比較すると、L0 はそこそこ、L は驚くほど一致している。ただし、このケースは断面が長方形なので本来概数しか得られないはずで、実測値は計算値より小さくなる要素が多い。また、測定値にも一定の誤差(特に μH オーダーの L0 の測定は難しい)を含むので L の2桁までの一致は偶然の一致と見なした方が無難である。しかし、コイルの設計の指針として十分役立つと思われる。
右図のような断面をもつ長い多層巻きソレノイドコイルの自己インダクタンスは、
L=L0 − 4πSRn2t/l×10-7
ここで、
L0: (1)式の値。 ただし、d=2R、R:平均半径、t:巻線部の厚み、 S:補正係数(右図の縦軸)
R > l の場合は以下のより一般の場合の式を使う必要がある。
一般の多層巻きコイルのインダクタンスは
L=10-7×4πan2[{1+(b2/32a2)+(c2/96a2)}ln(8a/d)-y1+(b2/16a2)y2]
それぞれの文字の意味は右図参考のこと
(出典: 電気工学ハンドブック 7.3 自己インダクタンス)
なお、コアを挿入した場合の増加率は単層巻きの場合より小さくなるがその補正値についてのデータは見あたらない。