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位相歪みは検知できるか?

以下の古い文献を入手してください。 投稿者:NS 投稿日: 2005年6月13日(月)15時17分53秒

TS さんへ

位相と遅延のひずみがスピーチや音楽,音響効果に及ぼす悪影響について IEEE会報 23〜25,Mar.1964より J.K.Hilliard(LTV社,元ベル研、元アルテック技師長)

要約
 スピーチや音楽再生での位相と遅延歪みは、高品質システムの設計においては常に考慮されるべき重要な項目である。初期の権威ある文献には、この種の歪みは無視できる,と書いてある。1935年の出来事であるが、2ウェイ・スピーカーの位相遅延が音響効果をひどくひずませた。この知見から、2ウェイの劇場用スピーカーに許容される検知可能の最小の遅延を評価するための研究計画がつくられた。そして最終的な推奨値は2msec.であった。1930年から40年の間、位相推移の低減を目指して、録音機器の徹底的な見直しが行なわれ、レコードの質は長足の進歩を遂げた。

後半部分の抜き出し
1936年に著者は、われわれがWenteとThurasのシステムからどのようにして遅延を取り除いたかをFletcher博士と議論した。彼の意見では遅延は耳で検知できないということで、大変驚いていた。

 1939年と1940年にBell研究所がステレオ録音をデモした時、彼らはシステムを時間遅れゼロになるように配置した。そしてロチェスターでのミーティングでFletcherは遅延の問題に触れ、彼の意見は訂正されていた。  後々のライターはつねに Fletcherの初期の所見を金科玉条としており、彼が遅延は検知できることを受け入れたことに関する出版物は皆無である。

  このことは、のちの研究者の見解に非常に影響を及ぼしたに違いない。それ故、位相変移と遅延の有害性を証明した初期の実験を今日の時点で議論する事は重要な事と思われる。

はるか昔の論文であり、戦前にすでに位相歪について研究している有名な論文です。
位相は人間の耳には検知できないと言い出したFletcher博士がのちに訂正していたと言うのは特筆すべきことです。また、最近のスピーカーシステム特に海外製ですが、位相やスピーカー同士の遅延について考慮している製品は非常に目につくようになっています。

位相歪みと音色(補足) 投稿者:志賀 投稿日: 6月13日(月)22時09分51秒

位相歪みが音色に与える影響について、NSさんが文献を紹介しておられますが、私の知る範囲で補足しておきます。

(1)持続音の音色
「持続音の音色は、高調波の強度によって決まり、その位相は関係しない。」これは、かの有名な物理学者ヘルムホルツによって提唱された説で現在も否定されていないと思います。むしろ、最近の脳科学によってその理由が明らかにされているようです。すなわち、耳の蝸牛は音の周波数を弁別する能力があり、その信号を、周波数別に脳の聴覚野に一旦記憶し再合成され音色を識別するらしいです。

(2)非持続音の音色(実際の楽音も含む)
 この場合は「位相のずれは群遅延として現れ群遅延時間に周波数依存性があれば識別可能である。」生録趣味さんが紹介されているのはこのケースだと思います。オーディオシステムで群遅延が起こりやすいのはスピーカーのf0付近、マルチウエイSPのクロスオーバー付近でよく問題にされる所です。ただ、その値は周波数や楽音の性格(衝撃音か持続的か)にもより一概にいえないようですが、普通数ミリ秒以上とされており、1msec というのは厳しすぎる値のような気がします。高忠実度再生に要求される群遅延時間は、

http://www.ne.jp/asahi/shiga/home/MyRoom/distortion.htm#feeling

に紹介していますがもう少し大きな値です。

(3)ステレオ装置の定位感
中音域の音源方向の探知には左右の耳に入る音の位相差が重要なので、左右のシステムでで位相差が生じないようにする必要があります。これは左右対称の装置を使っておれば比較的容易に実現できると思います。ただ、左右非対称の反射音があれば位相差が乱されるので定位感を乱すことは大いにあり得ることだと思います。ただしこの場合もハース効果(先行音効果)により時間差が数ミリ秒以上ある反射音の場合は直接音のみが定位感に効くようです。


参考になるかどうか? 投稿者:NN 投稿日: 6月14日(火)11時36分54秒

http://www.jaist.ac.jp/library/thesis/is-master-2000/paper/mnishiza/paper.pdf

位相歪みと音色 2 投稿者:志賀 投稿日: 6月14日(火)15時46分13秒   引用

位相歪みと音色について有益な情報有り難うございます。大いに勉強になりました。
特に「NN」さんのリンク先の論文、全部読んだわけではないですが、現状を理解するのによくまとまっておりいいですね。

実は以前パソコンで第3高調波までを含む音を作り、位相を変化させて聴いてみたことがあります。波形を見ると全く違うので聴き分けられないはずがないと思ったのですが、そうはいきませんでした。というより、例えば頭を少し動かしただけで変化する方が大きくあきらめました。

そのときに基音周波数は500Hzくらいだったのですが、この論文によるとさらに低周波でないと無理のようですね。納得しました。


位相歪みと音色 投稿者:TS 投稿日: 6月14日(火)22時01分8秒

岩波講座 認知科学3 視覚と聴覚(1999)に次の記述があります。
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蝸牛神経線維の発火頻度は刺激音の音圧レベルを増すと単調に増加するが、<中略>約4kHzまでの周波数の刺激に対しては、有毛細胞が脱分極する位相にのみ発火し、正弦波刺激を与えると発火感覚頻度はちょうど正弦波の周期に対応した形になり、位相同期放電とよばれる(J.E.Rose et al.,1967)。
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つまり、4kHzより上の音の位相は知覚できない。これは、神経伝達が主にPNMであり、そのパルス幅からもうなづけることです。

○4kHzまでは、位相を知覚する可能性がありますし、左右耳で同周期で異なる位相の音を知覚することは実際によく経験することです。

 これは、各耳で基本波の位相を知覚していなければ難しいですから。 ところが、例えば、3000Hzの音の波形を形成する高調波成分である、6000Hz,9000Hz,12000Hz,15000Hz,18000Hzの音については位相を知覚できない(音圧のPNMであって周波数の関数ではない)ということなので、結果的に中高音域では波形は知覚できないことになります。
 
○低域については、普通の部屋でスピーカからの音を聴く限り、壁等の反射が大きく影響することは志賀さんも書かれていることで、耳元に届く音は反射音と直接音の合成になりますから、様々な位相(特に高調波について)の音の合成ということになり、波形はかなり崩れているのではないかと推測されます。ということは、スピーカまでの波形をいくら正確にしてもあまり意味が無いと考えられます。

○人間の聴覚機構からすると、同じパワースペクトルでも、位相同期放電の範囲では、高調波の位相によって、聴こえる場合や聴こえない場合が生じることが考えられます。それによる影響を「位相を知覚」あるいは「波形を知覚」と考えるかどうかは、議論の余地があります。
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「ななし」さんの紹介してくださった論文はとても興味あるものですね。
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○安武論文において、125Hzの場合に位相が変わった場合の音色の違いを判別しやすいということは、上記の「4kHz以下では位相同期放電がある。」という性質から、その程度の周波数では高調波の大部分について位相知覚の可能性があることからもうなづける結果です。
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ただ、こういった結果も、通常のリスニングルームでスピーカから音楽を聴く場合に位相歪み(波形再現)にあまり拘る必要はない、と考えてよいということを否定するものではありません。

聴覚については大きな疑問が残ります。4kHzを超える周波数での音圧によるPNM結果と4kHz以下の位相同期によって生じる同じPNのパルス列とを脳はどのうよにして区別しているか?

Re 位相歪みと音色 投稿者:志賀 投稿日: 6月15日(水)09時03分42秒

TS  さん

<○4kHzまでは、位相を知覚する可能性がありますし・・・・・ >

聴覚(耳)に位相を検知するメカニズムがあることは知りませんでした。左右の位相差は時間差として検知できるとは思っていたのですが。
 
<○低域については、普通の部屋でスピーカからの音を聴く限り、壁等の 反射が大きく影響することは志賀さんも書かれていることで、耳元に 届く音は反射音と直接音の合成になりますから、様々な位相(特に高調波について)の音の合成ということになり、波形はかなり崩れているのではないかと推測されます。ということは、スピーカまでの波形をいくら正確にしてもあまり意味が無いと考えられます。>

それはそうでしょうが、実際問題として、高忠実度再生を目指するんであれば、非直線歪みの低減など入力信号を出来るだけ正確に伝達する方がいいわけですから結果的には、波形(位相)も正確である方がいいということではないでしょうか?

逆にいえば、位相にばかりこだわるのは意味がないともいえますね。


<○安武論文において、125Hzの場合に位相が変わった場合の音色の違いを判別しやすいということは、・・・

ただ、こういった結果も、通常のリスニングルームでスピーカから音楽を聴く場合に位相歪み(波形再現)にあまり拘る必要はない、と考えてよいということを否定するものではありません。>


私もスピーカーの設計思想で位相(波形)を特に重視するというのは理屈が先走っているような気がしますね。そういえば、-12dB のネットワークでマルチウエイSPを組むとき古典的な正ー逆ー正 より正ー正ー正がいいという話はどうなっているんでしょうかね?

位相差の定位 投稿者:OK 投稿日: 6月15日(水)12時51分56秒

音を聴くということは、音源そのものを聴くというだけでなく、音源の位置や移動を聴くことも含まれます。 片方の耳だけでは、周波数スペクトルの強さを認識しますが位相特性の認識は苦手です。 両方の耳で聴いてはじめて、音源の位置や移動を立体的に認識することが可能になります。

両耳を用いた方向定位は,上記の片耳による定位の他に両耳効果が相加わる.両耳効果として方向定位に関係するものは,両耳に到達する音の強さの差,波面の到着時間差および位相差である.両耳に与える音の強さに差をつけると音源の方向が異なったように感ずることは,実験によってかなり明白に示されている.また両耳に到着する時間の差によって音源の方向感が変化し, からの時間差の範囲で正半面から側方へ移動し, 20ms以上では二つの音に聞えるようになるといわれている. 両耳に達する音波の位相差と方向定位との関係は,BANISTER によれば,133Hzから1075Hzまでの音は位相差によって方向が定位されるが,位相差と方向との量的関係は個人によって異なるとのことである.位相によって方向を定位する上限を1400 Hzという人もあり,また1400Hz から3000Hz 位までは鈍いけれども位相差で定位できるという人もある.

Re 位相歪みと音色 投稿者:TS 投稿日: 6月16日(木)00時54分31秒

<聴覚(耳)に位相を検知するメカニズムがあることは知りませんでした。 左右の位相差は時間差として検知できるとは思っていたのですが。>

時間差のみの場合、到達初期では認識できるかもしれませんが、それ以降の認識が難しくなります。実際には、連続音でも、左右の耳に位相が違う基本音が入ってくると200Hzあたりなら位相差があることが認識できますので、位相差検知に時間差以外の情報が関与していることは推測できます。

<それはそうでしょうが、実際問題として、高忠実度再生を目指するんであれば、非直線歪みの低減など入力信号を出来るだけ正確に伝達する方がいいわけですから結果的には、波形(位相)も正確である方がいいということではないでしょうか?>

一般的な話をすればそうですね。正確に波形が再現できるということは、正確な伝送をしているということですから。非直線歪などは、パワースペクトルを変えてしまいますから、影響が大きいと思います。

位相というとよく音源の左右の方向を検知する情報として議論されることが多いが、ここで問題になっているのは、方向感ではなく、位相歪みで波形が変わっても音色差として感じられないという、いわゆるオーム・ヘルムホルツの法則に関するものである。

この現象は最近の脳科学、聴覚のメカニズムにより裏付けられている。大雑把にいえば音波による鼓膜の振動は振動数に応じて蝸牛の特定の部位を共鳴振動させ、その振幅が神経インパルス数として脳の聴覚野に伝えられる。従ってその時点で位相情報は失われてしまうと説明されている。ただし、低周波領域での周波数情報はもう少し複雑なメカニズムが使われているようで、位相についても情報が脳へ伝えられる可能性が有るらしい。 NNさんの紹介された修士論文は聴覚実験でも基音が200Hz 以下だと位相歪みを検知する可能性があることを示しているようである。

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